日々是食欲
雑誌やウェブで表現できない店の愉しみ
2012年03月09日 18:00 by 弓削聞平
今月の20日に発売になる「ソワニエ」の特集は「キモチいいカフェ見つけました」。思えば10年ほど前だっただろうか、薬院の「ソネス」や警固の「カフェテコ」に代表されるようなパワーのあるカフェが立て続けにオープンし、いずれもたいそう繁盛していた。それぞれの店にコアなファンがつき、さまざまなコミュニティが形成された。そしてそれはやがてライブや上映会などのイベントにも発展し、かなりの頻度で音楽やアートなどのイベントが開催されるようになった。
しかし、最近のカフェはどちらかというと「癒し」の方向がみてとれる。街なかにできるのは企業が経営する店がほとんどで、以前のような個人店主が自分のキャラクターや得意技を生かして作るカフェは少し離れた住宅街や郊外にできてきている。スタッフも最小限で、自分たちのペースで無理せずやっている店。そんな店が目立つようになった。
カフェのスピード感は変わってきたが、変わらないのはコミュニケーションだろう。フランスのカフェが文化人やアーティストの交流の場であった頃から、今も昔もカフェはいろいろな人がいろいろな目的で集い、情報を交換し、感性を刺激し合い、ネットワークを広げてきた。それが街を、人を、元気にしていく。もちろん1人でお茶したり、本を読んだりするのも1つのカフェの過ごし方であることは言うまでもない。しかし、店主と客、客と客のコニュニケーションは、いつの時代も変わらぬカフェの役割だ。思い起こせば、まだ高校を出たばかりの頃、家の近所の喫茶店(当時、カフェということば、業態はまだなじみがなかった)は、町の人たちの集会所的役割を担っており、ぼくはそこで初めて学校の先生以外の大人たちと接し、社会を意識した。
ぼくは随分遅咲きで、10年ほど前、つまり40歳の頃からなじみの店というのができ始めた。それまでは会社勤めで毎晩遅くまで仕事をしていたので、そんな余裕がなかったというのもあるが、タウン誌出版という生業についていながら、恥ずかしながらそういう店とのつきあい方をはぼくは実体験として知らなかった。今、思えばこれは大きな損失だ。退社してからは少し時間にゆとりもでき、積極的に店に出かけるようになったので、1、2年でなじみの店が何軒かでき、そこでさまざまな人と出会い、有意義な時を過ごさせてもらった。いや、今もそれは継続中だ。その出会いが仕事につながることもあれば、知らなかった音楽や芝居を教えてもらうこともあれば、新たな人を紹介してもらうこともあり、それらはぼくの人生を随分豊かにしてくれた。
昨今、外食控えに拍車がかかっているが、外で食事をする、あるいはお酒やお茶を飲むということには、おいしさ以外のそんな価値があることをたくさんの人に知ってほしい。今回のカフェ特集でも、すてきな雰囲気の店、おいしい料理やスイーツなどを誌面で紹介しているけれど、それは店の魅力の1つに過ぎないのである。雑誌やウェブの“情報”では絶対に表現することができない、店の楽しみがあることをぜひ知ってほしい。
六本松の「アトリエてらた」
取材・文:弓削聞平
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