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(6)八女提灯/日本の風景を演出するクリエイター

2021年09月22日 11:00 by 深江久美子

お茶の産地で知られる八女ですが、誇るのは何もお茶だけではありません。古くから八女市福島地区では福岡を代表する2つの伝統工芸品が受け継がれてきました。今回はそのひとつ、八女提灯をご紹介します。
清涼な矢部川による恩恵を受け素材となる和紙が発展し、それにより誕生したのが八女提灯。繊細で上品な盆提灯は色彩を抑え、控えめな花などのデザインが特徴です。今回は創業200年の「伊藤権次郎商店」八代目 伊藤博紀さんにお話を伺いました。

●福岡の伝統工芸品を手掛ける職人7名にインタビュー
https://tenjinsite.jp/feature/kogei/


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●サラリーマンからマルチ職人に転身!
代々続く提灯屋で小さな頃から提灯に囲まれ育ったという伊藤さんですが、天神の商業施設でマーケティングに携わった後に職人になったという経歴の持ち主。サラリーマンで得られる実績に限界を感じ、ブルー・オーシャンな提灯業界の可能性に目を付けます。マーケティング、営業、デザイン、制作、PRまで一人でできる、これはチャンスだと感じたそうです。サラリーマン時代に培われた経験が活きたと話してくれました。

 

●made in 八女の装飾提灯
雷門で使用されている力強い京都との提灯と違い、竹ひごの間隔も細い八女の提灯は繊細で美しいといわれています。盆提灯が主流の八女提灯ですが「伊藤権次郎商店」では絹張鉄線で作る盆提灯ではなく、神事・祭礼や飲食店などで使われる竹ひごと手漉き和紙で作る装飾提灯を手掛けます。神様に奉納していると思うと「サボったりできるけど手を抜けない…」と笑う伊藤さん。八女の竹ひごを使い、手すき和紙を張り、絵を描く―。これを分業で10名の職人が行っています。円状になっている提灯に絵を描くのは至難の業で、直に描ける職人は少ないんだそう。経験値の積み重ねが絶妙な感覚を生み出すといいます。

 

●提灯職人としての誉れ
最も印象に残っているものは櫛田神社に奉納した提灯だそう。「福岡で働いている人間にとって櫛田は重要な場所。そこに認めてもらえるというのは誉れ。」と胸を張る伊藤さん。約20種類のデザインを提案して、ご神木をモチーフにした黄色い提灯が採用され飾られています。ほかには、博多座の玄関に飾られている大提灯や、歳末防犯の提灯などの実績も。福岡県民なら1度は目にしたものばかり。福岡の文化を提灯を通して発信し、季節感を演出しているんです。

 

●海外のナショナルクライアントからの依頼
伊藤さんの提灯は国内だけに留まりません。あのディズニー映画「くるみ割り人形と秘密の王国」やNetflixで配信した「レベッカ」にも提供し、西洋文化と提灯が融合した幻想的なシーンを演出しています。
世界を見据えている伊藤さんはいつかニューヨークで個展を開きたいとも語ります。提灯が生きるのはロケーションあってこそとの考えから、ギャラリーではなく廃物件を探しているんだとか。そして、将来的には春画で18禁イベントもしてみたいと夢は膨らみます。「怒られるまでやる」がモットーの伊藤さんから今後も目が離せそうにありません!

 

●大好きな妖怪を提灯に
妖怪が昔から好きで水木しげるさんの大ファンなんだそう。過去には水木しげるプロダクションの初代スタッフの重鎮 佐々岡けんじ先生を押しかけ、キャラクター“提灯小僧”をお願いして作ってくれたお話も。撮影の際に着用しているTシャツはそのキャラクター!
妖怪の提灯を見せると「いいね、頑張ってね!」と声をかけてもらったそう。

8月末まで柳川藩主立花邸「御花」では、妖怪が描かれた提灯を展示するイベント「奇怪夜行」を開催。妖怪好きな小学生が親子で何度も足を運んでくれたそうで、会期中の小さな変化も見落とさずに楽しんでくれたといます。お母さんから直接お礼もあり嬉しさとやりがいを感じたと教えてくれました。

 

●伝統と技術の伝承
ひと昔前の八女提灯屋は、繁栄していた良き時代だったといいます。近年では家に仏間を作らないので、仏壇や提灯を買わない家庭が増えました。そのため技術の継承が難しくなっているという現実も。そんな中でも伊藤さんは「提灯をアートに昇華したい。」と語ります。後世を育てると明言はしませんが、プライド持って技術も守り紡いでいくという思いは本物。Instagramで発信されている写真に感化される若者が現れたとしても不思議ではないと感じました。
https://www.instagram.com/chochinkozo_8/


●“白壁のまち 福島”のおすすめショップ
福島での行きつけのお店を聞いてみたところ、教えてくれたのは「伊藤権次郎商店」から斜向いにある「カフェミトテ」。県外からも来店するほど人気のお店で、東京でCM制作をされていた方が移住し経営しているそう。そこのオーナーさんと話に花を咲かせることもしばしば。また、福島の知名度を上げるのに一役買った「うなぎの寝床」の名前も。運営しているホテルの装飾として提灯も制作したそうです。八女でもクリエイティブに活動する人、お店には刺激を受けるとのこと。
 


 

●平日は大名から出勤!田舎で働いて都会で寛ぐ。
都心で働き、田舎に暮らす……。働き方が見直される昨今で、伊藤さんにはそんなセオリーは通用しません。なぜ、大名から八女に出勤しているのかを尋ねると「街中にいると様々な人たちと繋がれる。情報収集、刺激、トレンドを追っていきたい。感覚の問題です。」という答えが。商業施設で働いていた頃はトレンドを作る側だったが、今はアンテナを高く張っているといいます。このライフスタイルが作品作りに反映されているそうです。

 

今回インタビューをさせていただいた作業場もあえて演出がされていました。雰囲気を醸し出すために古い作業台を置き、室内の温度調節にはエアコンではなく昭和の扇風機を使用。ハイテクなものは排除して昔ながらの光景を造り出しています。どう表現するか、演出するか……。伊藤さんはアーティストと演出家の顔を持ち合わせた職人でした。

中でも印象的だったのは「僕は提灯で日本の風景を作っている。」という言葉。私たちは提灯ひとつで季節や和の風情を感じ、知らぬ間に日本人というアイデンテティを誇りにしていたように思えます。伝統工芸が与える影響力の高さを再確認できました。
 

【伊藤権次郎商店】
●住所:八女市本町220
●電話番号:0943-22-2646
●HP:http://chouchinya.jp/


 

取材・文:深江久美子
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