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ひと
【深夜の恋愛小説】バーテンの仕事はカクテルを作ること、それと~「恋の忘れ貝」~
2020年09月27日 23:00
天神サイトでは、秋の夜長を気楽に楽しく過ごせるように、ヨーロッパ企画のラジオ番組「こちらヨーロッパ企画福岡支部(LOVE FM)」とコラボレーションして、9月限定で毎晩23時に【深夜の恋愛小説】と題して恋愛ミニ小説を連載。読んでいるほうがちょっと恥ずかしくなるような恋愛ラジオドラマ小説の世界をご堪能ください。
タイトル:「恋の忘れ貝」
バーテンの仕事はカクテルを作ること。
それと話をすること、ではなく、話を聞くことだ。
これは私の言葉だ。
ただ例外もある。
何も話したがらない客だっている。
それが涙に目を腫らせた女性だったらなおさらだ。
そういうときはカクテルを飲み終わったときにだけ、
そっと声をかける。
「お味はいかがでしたか?」
それで帰るか、もう一杯頼むか、
それは彼女が決めることだ。
「…とても美味しかったわ」
「ありがとうございます」
「…もう一杯いただこうかしら」
「同じもので?」
「いえ、今夜のことを忘れられるようなカクテルを」
「かしこまりました」
私はラムとココナッツミルク、パイナップルジュースと少しの氷をジューサーで混ぜてカクテルグラスに注いだ。
「ピニャコラーダです。フローズン仕立てにしました」
「とっても淡い色ね」
「ええ。このカクテルはその淡い色から淡い思い出、という意味があるんです」
「淡い思い出、か」
そう言って彼女はひと口飲んだ。
「美味しい。今夜のことは忘れられそうだけど、今夜飲んだこのピニャコラーダは忘れられない味になりそうよ」
「ありがとうございます」
彼女に少しの笑顔が戻ってきた。
「ずーっとお家にいたら、やっぱり奥さんには叶わないわね」
そう言って彼女はピニャコラーダを飲んだ。
「マスター、好きな人を忘れるにはどうしたらいい?」
「むずかしい質問ですね」
「これまでこのカウンターに座った人のあらゆる質問に答えてきたでしょ?」
「ふふ、私はこれを使います」
そう言って淡いピンク色の二枚貝の一枚を見せた。
「貝?」
「そうです。忘れ貝です。これをポケットに入れておくんです。
そうすればそれはいつの間にかなくなって、その時にはポケットに入れたことすら忘れていますよ」
私は彼女にその貝の一枚を渡した。
「ありがとう」
彼女はその貝を受け取ると大事にポケットに入れて帰って行った。
バーテンの仕事は、カクテルを作ることと話を聞くこと、
それに貝の一枚を、お客さまに渡すことだ。
おしまい
こちらヨーロッパ企画福岡支部(LOVE FM)
京都を拠点に活動する劇団・ヨーロッパ企画による福岡発オリジナル番組。
【イシダカクテル】は、番組開始2013年の第1シーズンから続く大人の恋愛ラジオドラマ
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