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【深夜の恋愛小説】エースじゃなくても、4番じゃなくても、甲子園を目指した夏~「恋をする」~

2020年09月13日 23:00

天神サイトでは、秋の夜長を気楽に楽しく過ごせるように、ヨーロッパ企画のラジオ番組「こちらヨーロッパ企画福岡支部(LOVE FM)」とコラボレーションして、9月限定で毎晩23時に【深夜の恋愛小説】と題して恋愛ミニ小説を連載。読んでいるほうがちょっと恥ずかしくなるような恋愛ラジオドラマ小説の世界をご堪能ください。



タイトル:「恋をする」

 

「恋がしたいなぁ~。めっちゃ恋がしたい!」

 

彼女は少し飲みすぎると、つい口癖のように、度々そうつぶやく。

 

「じゃあ、どうする?」
「じゃ、別れてみる?」

「ん?」
「はいはい、、、好きだよ」

 

自分の言葉で言っているのか、はたまた、誰かに言わされているのか、彼女はいつもこう答える。

このやり取りは何度となく、これまでも繰り返していたから、そんなに驚くことではないけれど、たまに周りで聞いている人につっこまれる。

 

僕は人がいいのだろうか?良すぎるのだろうか?

きっと、人によってはムッとしてしまい、取り返しのつかない喧嘩にまで発展することもあるのだろう。

なんとなく想像はできる。

でも、僕が、このことで、彼女のことを嫌いになることはない。
きっと、本気で言っていたら、彼女はここには居ないはずだ。

 

「恋がしたい」とつぶやく彼女。

 

僕にとって、この彼女の酔い具合が、どのアルコールよりも刺激が強い。
そして、何より甘い。

 

 

「あ〜もう、泣けてくる~。これこそ、まさに青春!カンパ~い!」

急にグラスとともに話が飛んできた。
お店のモニターから本日の甲子園の試合結果が流れる。

 

「甲子園かぁ」
「かぁ~じゃないでしょ! 日本の夏に、高校野球あり」

「なんだよ、それ?」
「日本の夏、甲子園の夏」
「全然、うまく言えてないから」

「あら、そう?」
「そうだよ」

「そう思っているのは私だけじゃないはずよ?」

自信ありげ。
だけど、どこかトンチンカンな顔をして、彼女が答える。

 

 

「でもさぁ、いつまでたっても、甲子園に出ている選手って、年上に見えるんだよね。これって不思議じゃない?」
「わかる。なんだろうね?」

「甲子園を見ている時だけ、自分がタイムスリップして、勝手に若返る」

 

僕は頷きながら続けて質問してみた。

 

「戻りたい?高校生に?」
「いや、いいや。やめとく」

 

あの夏。

白球を追いかけた夏。
あと2つ勝てば、甲子園。

 

僕らは、あと2つ勝っていれば、甲子園だった夏。

 

アルプススタンドから声を枯らして応援した。

 

僕は、3年間で、一度もベンチ入りすることはなかった。

グラウンドにいる仲間は、眩しかった。

 

そんな眩しさにも負けないほど、いま、僕の横にいる彼女は輝き、
他校の子が気にするほどの人気者だった。

 

そんな彼女が、試合が負けたあと、大粒の涙を流していた。
いまでもその光景は鮮明に覚えている。

「あのとき、2つ勝っていれば、俺たちも甲子園だった」
「俺たち?? 勝っていても、結局アルプススタンドでしょ?」
「そう言うなって」
「タラレバの。。。。。あの夏」

 

何かを思い出しながら、彼女は呟いた。

 

僕は思いを巡らせた~

 

夏。

 

白球を追いかける球児。
アルプススタンドで輝く彼女。

 

この組み合わせだと、誰もが想像できる展開。

 

学校で一番人気の彼女がアルプススタンドから見つめる視線の先には、キャプテンか、エースか、4番か。

 

誰が決めたわけでもないが、
そうあるべきなのが夏なんだ。

 

恋なんだ。

 

青春なんだ。

 

 

彼女の声で現実に呼び戻される。

「マスター、同じものおかわり」
「はい」

 

僕は自信がありつつも、恐る恐る彼女に聞いてみた。

「もし、あのとき、甲子園に行っていたら」
「もし、行っていたら?」

「いや、なんでもない。いまと変わっていたかなぁと思って」
「そうね、もし、そうなっていたら、また違った未来だったかもね」
「だよな」

 

「でもね、ずうっと変わらないものって、絶対にあると思うんだ」

彼女の頰が少し赤くなったのがわかった。
それは飲みすぎて赤くなったわけではない。

 

彼女は薬指に輝くものを見つめながら、そう答えた。

 

 

テレビのニュースは
僕らが高校生だった頃に野球を始めた子たちが甲子園で活躍する姿を伝えている。

 

彼女と同じ苗字になって過ごす3度目の夏。

 

時より吹く、涼しげな風が、秋の訪れを予感させ

新しい僕らふたりを応援するようだった。

 

 

おしまい
 



こちらヨーロッパ企画福岡支部(LOVE FM) 
京都を拠点に活動する劇団・ヨーロッパ企画による福岡発オリジナル番組。
【イシダカクテル】は、番組開始2013年の第1シーズンから続く大人の恋愛ラジオドラマ

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