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【深夜の恋愛小説】いつも語り掛けていた~「なにも言えなくて」~

2020年09月06日 23:00

天神サイトでは、秋の夜長を気楽に楽しく過ごせるように、ヨーロッパ企画のラジオ番組「こちらヨーロッパ企画福岡支部(LOVE FM)」とコラボレーションして、9月限定で毎晩23時に【深夜の恋愛小説】と題して恋愛ミニ小説を連載。読んでいるほうがちょっと恥ずかしくなるような恋愛ラジオドラマ小説の世界をご堪能ください。



タイトル:「なにも言えなくて」

 

西鉄天神大牟田線の帰宅時間は少し込む。

運よく座ることのできた僕は、仕事で疲れた身体を大善寺まで休めることができる。
と、思っていたところにショートヘアの綺麗な女性が僕の前に立った。

 

顔は幼くまだ18、9にも見えるくらいだが、彼女のお腹はとても大きく膨らんでいた。
僕は何も言わずに立ち上がった。

 

「ありがとうございます」
「いえ」

 

僕はドアのほうへ向かい、大牟田線の車窓から、過ぎていく景色をぼんやりと眺めた。

 

 

10年前のあのときも、僕は何も言えなかった。

 

あのとき僕は、福岡市内の高校に通う学生だった。

 

 

同じ車両に乗り合わせる、ちがう制服を着た彼女と、
僕はいつも心の中で会話をしていた。

「C校に通ってるんですか」
「はい、あなたのその制服はF校かしら」
「はい、ポニーテールがとても似合ってるね」
「ありがとう。でももう切ろうかと思ってるの」
「どうして?」
「ポニーテールってなんだか子供っぽいでしょ」
「そうかな。でもとても似合ってるよ」

 

 

心の会話はいつも大善寺まで続いた。

 

 

けれどあるとき、彼女を見かけなくなった。
行きも帰りも、車両を変えてみたり時間を変えてみたりしたけれど
彼女の姿はどこにも見あたらなかった。

 

引っ越してしまったんだろうか。

どうして僕は、心の中じゃなくきちんと声に出して彼女に話しかけなかったんだろう。

 

 

数年後のある日

 


僕は彼女を大牟田線で見かけた。

運よく座れた僕は、疲れた身体を大善寺まで休めるつもりだった。
そこに彼女が現れた。

 

髪はポニーテールじゃなくショートカットになっていた。
そして、お腹がとても大きく膨らんでいた。
薬指に銀の指輪をはめた左手で彼女はやさしくお腹を触って僕の前に立っていた。

 

 

僕は何も言わずに席を立った。

「ありがとうございます」
「いえ」

 

初めて聴く彼女の声は、僕が心の中でかわしていた声と少しちがっていた。

 

僕はドアのほうへ向かい、大牟田線の車窓から、
過ぎていく景色をぼんやりと眺めていた。

 

おしまい
 



こちらヨーロッパ企画福岡支部(LOVE FM) 
京都を拠点に活動する劇団・ヨーロッパ企画による福岡発オリジナル番組。
【イシダカクテル】は、番組開始2013年の第1シーズンから続く大人の恋愛ラジオドラマ

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