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ひと

【深夜の恋愛小説】どんな顔をすればいい?~「ふたつ、重なりあう」~

2020年09月03日 23:00

天神サイトでは、秋の夜長を気楽に楽しく過ごせるように、ヨーロッパ企画のラジオ番組「こちらヨーロッパ企画福岡支部(LOVE FM)」とコラボレーションして、9月限定で毎晩23時に【深夜の恋愛小説】と題して恋愛ミニ小説を連載。読んでいるほうがちょっと恥ずかしくなるような恋愛ラジオドラマ小説の世界をご堪能ください。


 

タイトル:「ふたつ、重なりあう」

 

夕焼けに照らされ、浜辺にのびる、ふたりの影。
その影を「記念に」と言って、彼女は写真におさめた。

 

少し離れたところでは、この夏、こんがりと日焼けした少年たちが
脇にサーフボードを抱えて、岸にあがってくる。

 

遠くを見ながら彼女は言った。

「ねぇ、どんな顔をすればいい?」
「いつもの顔でいい」
「いつもの顔って、どんな顔?」
「いつものだよ」
「わかんない」

 

わかろうとしない彼女は、目をつむる。
先ほどよりも、さらに長く伸びたふたつの影がひとつに重なりあう。

 

この夏の暑さのように、その影絵は、いつまでも続いた。

 

 

数日後

 

彼女は大きなバッグと寂しげな顔でバーの扉を開けた。

「今日は早いね」
バーに、腰掛けようとする彼女にマスターは声をかけた。

 

「早いね」と声をかけるも、このお店での話。

 

時刻は10 時30分を過ぎていた。
広い店内の奥では、乾杯の発声が響いた。

 

「この時間に、団体さん?」
「久しぶりに来てくれたお客さんでね、4年ぶりかなぁ」

 

彼らは、カウンターにひとりの女性が座ったことなど気にならないほど、盛り上がっていた。

「それで何にする?」
「じゃ、最高のジプシーを」

 

マスターは、彼女のオーダーにゆっくりと頷いた。

「だけど、寂しくなるなぁ」
「わかっていたことよ」
「まぁ、そうだけど」

 

彼女が次の言葉を選ぼうとしたとき、カウンターに置いてあったスマホの画面が光った。

「もうすぐで着くからね」
というメッセージとともに、光は彼女の顔を照らした。

 

店内の曲が変わる。

 

おしゃべり好きのマスターのトークは、
今宵も軽快なラップのようにバーカウンターを覆う。

「この前来たご夫婦は、この辺りでよくデートをしていたらしく、
通っていたお店がなくなったと言って、うちに寄ってくれたんだ。
夫婦生活15年、そして付き合っていた頃の話をしながらワインをあけていたよ。
最近、久しぶりのデートをしたらしく、朝方の浜辺にいって…」

 

 

マスターは来客に気づいた。

「お疲れ。今日はこの席が君の席だ」
マスターの声に、彼女は彼に気づく。

 

椅子に腰掛けた彼は彼女に声をかけた。

「今夜は、どんな顔をすればいい?」
「いつもの顔で」
「いつもの顔って?」
「私に向かって嘘をつく顔よ」

 

彼は彼女に言葉に笑みを浮かべ、こう答えた。

「あぁ、わかった。今夜はとことん嘘っぽい顔をしよう。マスター、ラモンジンフィズを」
「マスター、私にはバイオレットフィズを」

 

 

大きな彼女のバックには、重さ以上の想いで、今にもはちきれそうだった。

「明日のフライトは?」
「気にしないで。あなたは今夜、とことん嘘っぽい顔をしなきゃいけないんだから」
「あぁ、そうしよう」

 

言葉にできない感謝の想いでいっぱいのラモンジンフィズと
私を覚えていてと言わんばかりの綺麗で妖艶なバイオレットフィズ。

 

 

ふたつのグラスが重なりあう。

 

 

悲しむ顔を、夕焼けの浜辺に、おきざりにして。

 

おしまい


 

こちらヨーロッパ企画福岡支部(LOVE FM) 
京都を拠点に活動する劇団・ヨーロッパ企画による福岡発オリジナル番組。
【イシダカクテル】は、番組開始2013年の第1シーズンから続く大人の恋愛ラジオドラマ

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