写真提供:福岡市

まち

令和元年、スタート! 天神で感じる「令和」の縁を巡ろう。Part.2

2019年05月03日 21:00 by ソノユウ。

「令和」の幕開けを祝し、天神サイトが送る「天神と令和」の息吹を感じる天神案内。前回(1日)は、天神のまちの名の由来となった「水鏡天満宮」「容見天神」「鴻臚館」へとご案内しました。

(画像提供:PIXTA)


古代の迎賓館「鴻臚館」は、京都の平安京、大坂の難波、福岡の3か所に設けられた施設。現在、その場所が特定されているのは福岡の鴻臚館だけです。実は、この鴻臚館が発見されたきっかけが「万葉集」にあり、しかも、その発見の機会をつくったのはなんと!本日から始まる「博多どんたく」なのです‼︎……というところが前回まで。今日はいよいよその続編です!

(どんたく写真提供:福岡市)

鴻臚館(福岡)の前身は、日本書紀の中に書かれた「筑紫館(つくしのむろつみ)」と考えられています。その時代を含め鴻臚館は、7世紀後半から11世紀前半までの約400年間、大陸との対外交渉の窓口として、また、文化交流の窓口として重要な役割を担っていました。

ここ鴻臚館(城内)は、博多湾のほぼ中央に位置しており、交通の便が良く、人の出入りが監視しやすいという地形的な長所があることも、当時の想定図から伺えます。筑紫館が初めて記録に現れるのは688年(持統2年)。万葉集には736年(天平8年)新羅への使節一行が筑紫館で詠った16首が残っています。

(鴻臚館跡展示館写真提供:福岡市)

ちなみに、鴻臚館は長い間、博多部(官内町=現在の下呉服町)にあったと考えられてきました。この説に異を唱え「城内にあった!」と特定したのは九州大学医学部(現)の教授、中山平次郎博士でした。

中山氏は『万葉集』や古絵図、地形や出土遺物等の検討から「福崎(福岡城内)」説を提唱。とりわけ、遣新羅使(けんしらぎし)が筑紫館で詠んだ万葉集の歌、4首が決め手となりました。

(福岡城写真提供:福岡市/撮影者:Fumio Hashimoto)

その歌とは、

<A>鴻臚館から志賀島が見える?
「志賀の浦に漁(いざり)する海人家人の待ち焦ふらむに明かし釣る魚」(作者不詳 万葉集 巻15 3653)
意訳:志賀の浦で漁をしている海人(あま)たちは家の者がその帰りを待ち焦がれていることであろうに、夜を明かして魚を釣っている。(この歌碑は現在、志賀島小学校の玄関脇にある)

<B>香椎の海も見える?
可之布江に鶴鳴き渡る志賀の浦に沖つ白波立ちし来らしも(作者不詳 万葉集 巻15 3654)
意訳:可之布江(香椎の浦)に向かって鶴が鳴きながら飛び渡っていく。志賀の浦に沖の白波が立ち寄せてくるらしい。(この歌碑は現在、志賀島中学校の校門脇にある)

<C>「後」に山?
今よりは秋づきぬらしあしひきの山松かげにひぐらし鳴きぬ(作者不詳 万葉集 巻15 3655)
意訳:今からはもうすっかり秋らしくなってしまうらしい。この山松の木陰でひぐらしがしきりに鳴いている。(=都を出てからすでに2か月を過ぎ、季節は早くも秋の気配。当初の予定では秋には都に帰るはずだったが、未だに筑紫館にいる。早く都へ帰りたい…という望郷の歌)。

<D>志賀島の藻塩焼きの煙が見える?
志賀の海人の一日も欠かさず焼く塩のからき恋をも吾はするかも
(作者不詳 万葉集 巻15 3652)

意訳:志賀の海人が一日も欠かさず焼く塩のように、辛い苦しい恋を私はすることよ。(歌碑なし)

↑西公園内

↑西公園内

↑大濠公園内

西公園や大濠公園にも万葉歌碑がある。(画像撮影:井上光枝)

遣新羅使が詠んだこの4つの歌が、万葉集の中に残されていました。海藻を刈り取り、焼いて塩をつくる、いわゆる「藻塩焼(もしおやき)」という方法が行われていたことが、これらの歌から推測ができます。

(志賀島画像提供:PIXTA)

詠み人である遣新羅使の人々が、古代の迎賓館である鴻臚館から見える景色。つまり、「志賀の海人」や、「志賀の浦」等を含めて、志賀島が眺望できて(=A、B、D)なおかつ、山松かげの蝉声(=C)が詠まれる条件を備える場所は博多部にはなく、福岡城をおいて他にはない」と考えたのです!

(鴻臚館跡画像提供:PIXTA)

それを実証すべく、中山教授は1915年(大正4)、当時軍の施設があった城内に調査に向かいます。市民に開放される「博多どんたく」の日です!その2日間の調査で、古代の瓦が採集される等、博士の説は補強されることになりました。大正時代、城内に市民が入ることは許されなかったので「博多どんたく」の機を中山教授が待ったとも言えます。今日、福岡はそのどんたくでにぎわっていますが、この博多どんたくが鴻臚館発見の土壌であったなんて、ロマンがありますよね!

(どんたく写真提供:福岡市)

時を経て、昭和62年12月、平和台球場改修工事に伴う発掘調査で、中山教授が唱えたとおり、鴻臚館の関連遺構が発見されました。現在までに確認した遣構は、奈良時代以前(筑紫館)の塀と門、奈良時代(筑紫館)の塀と掘立柱建物、平安時代の大型礎石建物、土壙、溝などで、多量の瓦類の他、中国越州窯青磁をはじめ長沙窯磁器、荊窯白磁、イスラム陶器、西アジアガラス器など国際色豊かな遺物が発掘されています。これら遺構の出土状態と復元建物、また出土遺物は「鴻臚館跡展示館」で見ることができます。

(鴻臚館跡展示館写真提供:福岡市)

いかがでしたでしょうか?

古代の言葉でも、上記4首のように、私たちも知っている地名が含まれる和歌に出会うと、万葉集もぐっと身近になりますよね。令和の典拠となった巻5「梅花歌三十二首」の歌に直接ではなくとも、「令和」の香りをまとった万葉集にまつわる福岡のストーリー。この天神エリア、その近くで感じることができます。ぜひ、この連休に訪れてみてはいかがでしょうか。

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なお、天神のまちづくりを応援する、天神エリアマネジメント団体『We Love 天神協議会』では、天神の街角や路地裏にひっそりと息づく歴史の足跡、隠れたスポットなどを訪ねて歩く「天神まち歩き」を実施しています。7月にはナビゲーターの井上光枝先生がいよいよ、令和×天神のまち歩きツアーを開催します!「万葉校長」の異名をとる井上先生のツアー、ぜひ参加してみてください!※ツアー内容は5月末に下記にて発表!

ツアーの詳細や申込は下記よりご覧ください。

https://welovetenjin.com/index.html

また、ナビゲーターの井上光枝先生が主宰する「大人の文学・歴史プチ旅~万葉集の歌を学び、詠まれた場所を訪ねる歴史と文学の旅~」が、5・6月、天神を中心に開催されます!

●5月10日(金) 10:30~12:00    歌碑巡り、鴻臚館展示跡展示館見学
●5月24日(金) 13:30~15:30  都久志会館にて
●6月14日(金) 13:30~15:30  都久志会館にて
●6月28日(金) 10:00~12:00      大濠公園、西公園の万葉歌碑巡り

問合せ:アラカンフェスタ実行委員会事務局 092-401-3456


資料参照:福岡市中央区HP、福岡市経済観光文化局文化財活用部文化財活用課HP、福岡市博物館HP等

取材・文:ソノユウ。
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