ジョン・レノン オノ・ヨーコ 1980年

アート

篠山紀信氏に聞く「篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN」

※このイベントは2017年2月12日(日)をもって終了しました。

2017年01月18日 12:00 by S子

2016年12月18日(日) から2017年2月12日(日)まで、福岡市博多区下川端町の福岡アジア美術館で開催されている「篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN」。2012年に九州・熊本からスタートし、全国を巡回してついに福岡で開催されることとなった同展。その見どころについて、写真展初日に来場した篠山氏に伺いました。

――福岡での開催、楽しみにしていました。

ずっと、やってくれないかと思っていました(笑)。今回の写真展は、全国26ヵ所目を迎えましたが、開催地ごとにゆかりのある有名人の作品を加えているし(例えば福岡ではタモリ、妻夫木聡など)、美術館のかたちによって構成も微妙に違うので、他の場所で観た方もまた楽しんでもらえるんじゃないかと思っています。

――美術館での個展開催が初と伺って驚きました。

個展というのはなかったですね。そもそも自分なんかが美術館で個展をやると言うと、「あいつも終わりなんだな」とか「回顧展だ」とか「総集編だ」とかね…いろんなことを言われるんですよ。それがちょっと嫌で、「美術館なんていうのは死体置き場。くだらねぇ!」なんて言っていたら、誰も頼みに来なくなった(笑)。ところが、熊本市現代美術館の桜井館長という方がなかなか面白くて、「やってみたらどうですか」って声をかけてくださって。それで、どうせ美術館でやるんだったら、普通のところでやることとは違うことをやりたいと思ってね。美術館には巨大な白い壁があるものですから、写真も巨大に伸ばして、強いイメージの写真を掲げたらどんな風に見えるのかなと。それで実際にやってみると、鑑賞じゃなくて体感できる面白い写真展に仕上がった。それで今では、美術館での開催がすごく面白くなっちゃって、例えば今(2016年12月現在)も3つの美術館で、それぞれ違うテーマの展覧会をやったりしています。あんなに「死体置き場だ!」って言っていたのは何だったんだろうね。最近では「美術館はメディアだ!」とか言っちゃってね(笑)。

――常に新しいことに果敢に挑戦される印象の篠山さんですが、その原動力となっているものは何なのでしょうか。

僕のやんちゃさ(笑)、そして「面白い」と感じる気持ちでしょうね。自分にとっては一度やったことを踏襲していく方がかえってしんどい。動く時代に合わせ、その都度いろんな表現を入れながらやっていくのが面白いと感じるんです。そして各時代の面白い人、こと、ものには積極的に寄って行って、一番いいタイミングで、一番いい角度で撮っちゃう。それが面白い写真に繋がってきたんじゃないかな。

妻夫木聡 2016年


 

 

――被写体とはいつもどう向き合っていらっしゃるんですか。

僕も「よし、撮ろう」と思うし、相手も「篠山が撮るんだったら、ちょっと違う写真にしてみよう」と思ってくれているかもしれないけれど、実際に現場は和気藹々とした感じですよ。一番いいのは、すぐ友達になっちゃうこと。デジカメになってからは「ほら、こんな写真が撮れてるよ」と見せるのが一番早いですね。見せると相手も「ああ、こんな風に撮影しているんだ。じゃあもっとこうしたら…」という風になるし。お互いが作り上げながらやっていくような感じになっていいものができる。お高くとまってはダメなんです。どちらかと言うと下手に出て、ゴマなんか擦ってね(笑)。ただし子どもに「かわいいね〜」とか言ってもウソだとすぐバレちゃうので、そこは対等に話すようにしています。今回の写真展の3つ目のセクション「SPECTACLE(私たちを異次元に連れ出す夢の世界)」に展示している後藤久美子なんて、撮影時は子供だったけど、本当に綺麗な子でね、人を見る目がキリッとしていてすごかった。こちらも舐められちゃいけないと、真剣に撮影しました(笑)。

――今回、特に印象に残っている作品はありますか?

全てですよ。今回100点ほど選んでいますが、撮影した場所、天候、お互いの体調とかも全部違いますし、それぞれが、その時だけのものです。逆に、何か印象に残るものはありましたか?

The Birth 1968年


 

 

――4つ目のセクション「BODY」に展示されていた「The Birth」という作品に惹かれました。

とても古い作品を挙げてきたね(笑)。画面から、首が「ぴやーっ」と出てきるやつでしょ。あれは思い出深い作品でね、1968年に徳之島で撮影したんです。ニコンサロンというところで写真展をやることになり、オリジナル作品を作ろうと思って撮ったもので、本当に初期の作品。 そもそも僕は東京生まれの東京育ちで、ああいう白い砂と透明な海は見たことがなかった。ハワイの写真を見て、「本当に、こんな海があるんかい!?」って思ったほどです。それで写真家として思ったのは、今後、圧倒的な自然を知らないまま撮影に行くことがあると、きっとそこで負けちゃって何も撮れなくなる。だからあえて自分は今、ああいう所に行って作品を作らなくちゃいけない、と。その行き先がなぜ徳之島だったかと言うと、 当時はまだ沖縄が返還される前で、飛行機で行ける一番南の島が徳之島だったんです。それでモデル5,6人とヘアメイクを全部自前で連れて行った。コマーシャルとかの仕事をやっていたから、それで稼いで貯めてね。スポンサーがいないから、モデルを自由に配置して、横から頭を入れてみたり、ちょっとシュールレアリスティックな感じの作品にしたんです。若い頃って、そういう感じの作品を作りたいのかな。あの時代の作品には、ワイドレンズを使ったシュールレアリスティックな作品がすごく多いんですよ。いわゆる芸術写真というのかな。ただその後はどんどん、芸能写真家になっちゃうんだけどね(笑)。

――それからは、1つ目のセクションの「GOD(鬼籍に入られた人々)」、2つ目のセクションの「STAR(すべての人々に知られる有名人)」などでも見ることができるように、多くの著名人の方々の撮影を続けてこられましたが、5つ目のセクション「ACCIDENTS(2011年3月11日−東日本大震災で被災された人々の肖像)」では、自らが被災地に足を運んで撮影した作品を展示されました。この時のお話を伺えますか?

僕みたいに、50年くらい写真家をやっていると、有名な人や話題になっていることを撮る機会が増えて、結果、時代を撮っていることにも繋がっていくわけです。そんな時にあの地震が起きた。自分は東京にいたんだけど、東京も本当に揺れたんですね。さらにテレビを付けるとオンタイムでどんどん映像が入ってきて、「これは大変なことになった」と。同時にこの地震のことを撮らないわけにはいかないだろうとも思った。でも正直怖くてね。現場に行って俺は何を見て、何を撮るのかと…。すると瞬く間に月日が経ち、ようやく自分が連載を持っている「日経コンストラクション」という土木業界の専門誌の編集者が「篠山さん、行ってみませんか」と背中を押してくれて、現地に向かったのが震災の約50日後でした。それでも被災者の方に写真撮らせてくださいとは言えず、それなら自分が写真を撮るのではなく、写真機に写真を撮ってもらおうと考えたんです。それで8×10(エイトバイテン)の大型カメラを三脚にセットして、ミニバスの中で待機し、まずは編集者の方に、「ちょっとお話を伺いたいんですが、被災者の方ですか」と声をかけてもらった。続けて「写真を撮影させてください」とお願いすると、もちろん断わる方もいらっしゃったんだけど、中には応じてくださる方もいて、それで僕が出て行って撮らせていただく訳ですが、「何もしなくて良いので、ただこのカメラの前に立っていただけますか」とだけ伝えました。ピントを合わせ、「このレンズだけ見ててください」って。それで大きなフィルムをガチャンと入れて2枚か3枚。それらがあそこに展示された写真なんですよ。実はこの展覧会を新潟でやった時、中越地震を経験した県知事と話す機会があって、震災から50~60日くらい経った時の被災者の方の心理はとても複雑なものだと伺ったんです。人が亡くなったり、家がボロボロになったりして「もうだめだ」という気持ちと、「いや、それでもがんばらなければ」という気持ちがないまぜになるすごく複雑な時期だと。そしてその葛藤が、あの写真にはすごく写っているとおっしゃった。その時感じたのが、これはもう俺の力じゃなくて、写真機の力だなということ。つまり写真には、そういうことをちゃんと残せる力がある。それこそ「写真力」だと思って、今回の展覧会には彼らの写真も展示させていただいたんです。今は皆さん違う顔をされていると思うので、あの表情はもう二度と撮れないでしょう。そこに時代の瞬間を撮れたという思いもあります。

小山芳(24)石川直幸(24) 気仙沼市 2011年


 

 

――しかし嬉しい“その後”もあったようですね。

若いカップルが写っている写真があるんですが、彼らは、恋人同士で付き合っているようだったんです。なので撮る時に「君らは付き合っているの?」って聞いてみた。すると女の子が「えぇ」なんて言ったから「へ〜、結婚するんだ」って返したら、男の子は「ん、んん!?」って。すると女の子が怒っちゃってさ、「なに、結婚しないの!?」とか言って。あの写真のふたりの微妙な表情は、そこから生まれたものでもあっただろうね(笑)。でもその後、あの写真がいろんなところでバンバン出たのもあってか、今から1年半くらい前に、彼らが自分たちの写真が掲載された写真集を幸せそうに広げて持っている結婚式の写真が送られてきたの。さらにその後、子供と3人で写っている画も見ることができたんだけど、それがすっごく良かった。その時改めて、「写真ってすごい」と思えたんです。僕が知らないうちに、写真で切り取った世の中はどんどん動いて行っている。皆様にもぜひ、1枚の写真に隠されたメッセージを感じ取っていただけたらと思いますね。
 

《篠山紀信PROFILE》
1940年東京都新宿区生まれ。日本大学芸術学部写真学科在学中に広告制作会社ライトパブリシティに入社、第1回日本広告写真家協会展公募部門でAPA賞を受賞する。1968年にフリーの写真家としてデビュー、「週刊プレイボーイ」「カメラ毎日」などでヌード作品を発表し、時代の寵児に。その後歌舞伎、建築物など多岐に渡る分野での撮影、さらに3台の35ミリ・カメラを連結して同時撮影を行う「シノラマ」などオリジナルの手法にも次々に挑戦。これまでに刊行した写真集は300冊を越える。

【篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN】
50年に渡り撮影してきた写真の中から、圧倒的な「写真力」を持つ作品を厳選。会場を「GOD」(鬼籍に入られた方々)、「STAR」(すべての人々に知られる有名人)、「SPECTACLE」(私たちを異次元に連れ出す夢の世界) 、「BODY」(裸の肉体−美とエロスと戦い)、「ACCIDENTS」(2011年3月11日−東日本大震災で被災された人々の肖像)の5つのセクションに分け、計100点超を展示する。

 

取材・文:S子
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会場 福岡アジア美術館 企画ギャラリーA/企画ギャラリーB/企画ギャラリーC
期間 2016年12月18日(日)~2017年2月12日(日)
時間 10:00~20:00(最終日は18:00まで、入場は閉場の30分前まで)
料金 大人1,100円、高大生900円、小中生500円
イベント公式URL https://www.facebook.com/kishinfukuoka/
※毎週水曜日休館
お問い合わせ 読売新聞西部本社 事業部(TEL:092-715-6071)

プレイス情報PLACE

福岡アジア美術館

住所 福岡市博多区下川端町3-1 リバレインセンタービル7・8F
TEL 092-263-1100
URL http://faam.city.fukuoka.lg.jp/
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