まち

天神で30分間のスキマ時間まちのヒミツを探ってみたりして

2015年11月25日 10:00

●違う視点で歩いてみれば天神の昔の姿が見えてくる
突然できた、スキマ時間。天神でふと30分間の暇ができたなら、トリビアを探るプチ観光をやってみよう。天神の意外な横顔を知れば、きっと景色が違って見えるはず。

天神トリビア観光の先生をしてくれるのは、ブログ「Y氏は暇人」を運営する山田孝之さん。福岡の歴史ネタ、サブカル的なまちネタを、思わず「へえ〜」と言いたくなるキリクチで紹介している。

さて、山田先生、ここは天神のど真ん中。まずはどこに参りましょう?「では、天神中央公園に行きましょう!」。
ここ天神中央公園は、昭和56年まで福岡県庁の所在地だった場所。「では、旧県庁の前は何だと思います?実は福岡藩の処刑場があったのです」。天神のオアシスである芝生の広場が処刑場とは信じがたい。が、山田さんの案内で公園の東南部に行くと、小さな石碑が残っていた(写真E)。新・県知事が就任すると、この石碑をお参りするという都市伝説も囁かれているが、真相のほどは分からない。

●大名の路地、ビルに化石…天神トリビアを雑食しよう
公園内には、旧県庁とつながりがあるモノがまだまだある。右ページの写真の石柱は、旧県庁の門の支柱。また噴水広場の石柱も旧県庁建物の一部から移設してある。特に説明の看板があるわけではない、天神の隠れトリビアだ。

さて、上記は、山田さんに伝授してもらった、さらなるおすすめスポットだ。山田さんが個人的に好きなのは大名エリアで「江戸時代の古地図と照らし合わせると、道が全く変わっていなくて、おもしろいんですよ。L字やT字の路地を設け、あえて道と道が噛みあわないようにしているのも、防衛のため。本当に大名たちが住んでいたんですよね」。

佐賀県鹿島市出身の山田さんがブログ「Y氏は暇人」を始めたのは、その昔、憧れの地だった天神に、どんな歴史があるんだろう?と暇な時間に調べて発信したのがきっかけ。自身のスキマ時間を活用して2年半。ブログは月間20万アクセスの人気者に成長した。そういう意味でも、スキマ時間の先生なのである。

◆教えてくれた人:ブログ「Y氏は暇人」運営 山田孝之さん
福岡を中心とした歴史的トリビアや珍スポットをアーカイブし、とある部分の人々に熱く支持されているブログ「Y氏は暇人(http://y-ta.net)」。そのY氏が、この人、山田さん。本職はWEB制作などを行う株式会社クラウドナインの代表。のはずが、現在、労働時間の9割を「Y氏は暇人」関連に捧げているとか、いないとか。この秋、Y氏推しのスポットをまとめたZINE「福岡のB面」を発行する。

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【2】左上/天神西通り以西の大名は、その名の通り、身分が高めの武士たちが暮らしていたエリア。敵の侵入を阻止するため、わざと曲げた道が現在も数多く残り、“大名といえば、路地”のイメージを形成する。右上/天神の建築物の大理石タイルは化石の宝庫。天神のオフィスビルの大理石を探せばこんな巻貝に出会える。ソラリアステージやイムズでも発見できるとか!?左下/那珂川は「武士のまち・福岡」と「商人のまち・博多」を明確に分けるライン。現・アクロス福岡東側の川沿いは、武士のまちの玄関口だった。江戸時代に築かれた石垣が今も残る。付近には、城下町に入る人々を確認する検問があったという。右下/【1】の石柱が門を飾っていた、旧・福岡県庁の写真。また、旧・福岡県庁玄関の車止め(ロータリー)の石柱は、天神中央公園の噴水広場に移築され、オブジェのような風貌で存在感を放っている。
【3】左/広々とした芝生が気持ちいい天神中央公園だが、南側に位置する噴水広場の裏手(薬院新川側)には「福岡藩刑場跡」の石碑がある。黒田長政から処刑された僧を供養するためのものとされ、その付近には江戸時代の女性のお墓らしきものも残されている。右/この秋、ついに紙媒体界に進出したY氏。ZINE(小冊子)「特殊観光紀行 Y氏が見てきた福岡のB面」を700円+税で発売。近日通販も開始予定!!

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