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10/8(土)公開『グッドモーニングショー』君塚良一監督インタビュー

2016年10月12日 08:00 by 筒井あや

放送作家、脚本家としてテレビを知り尽くした君塚良一監督(「踊る大捜査線」シリーズ)が最新作の映画の題材に選んだのは、朝の情報番組であるワイドショー。報道、スポーツ、芸能、さらにファッション、グルメや人気動画まで、視聴者が興味を持つものなら何でもネタにする。そんなワイドショーの顔であるキャスター澄田真吾。落ち目のキャスターの澄田が陥る災難だらけの一日を追った抱腹絶倒のストーリー。

この作品で脚本と監督を務めた君塚良一氏にインタビュー。

――ワイドショーをテーマにしつつ、オリジナル作品を書かれた理由は?

僕はテレビの仕事もやらせていただいていますが、最近は作った作品に対して、ネットで色々言われたりするんですよ。そういう事に対して、テレビ制作の現場で働いている人たちが不安になってきていた時期があって、こちらは面白いものをと思って作っているのにやり過ぎだと言われたり、視聴率が取れないとかネットに負けたとか言われちゃう、とか。そういうことを現場の人たちがここ数年で言い出したんです。もちろん、それでもテレビってくだらないメディアだからいいんだよ、と言っている時期もあったんです。でもあまりにも、くだらないと言われすぎるとさすがに何でだろう?と思うところも出てきます。そこで、僕も長くテレビ番組の制作をやっていた以上は、少し考えてみようと。

そこで、テレビメディアを象徴するものって何だろう?と考えた時に、生放送の朝の情報番組、ワイドショーじゃないかと思ったんです。毎日2〜3時間の生放送で、爽やかなセットの前に女子アナやアナウンサーがいて、微笑みながら喋る。軽快なテンポで短いコーナーを繋いでいく。ニュースがあり、ファッションがあり、グルメがありとか。すごくバラエティーに富んでいて面白いんですよ。でも、見ているうちに、これってサービス過剰じゃないかな、ちょっと暴走気味かな?と感じることもあった。僕もテレビを作っていたので、裏側で作っている人たちの顔が、画面を通して少し見えてきて、悩んでいるな、自己矛盾を抱えているなという感じもしました。だって面白いものを作れと言われ、作ったら作ったで文句を言われる。それって一番辛いことなんですよ。もっと刺激的なものを、と視聴者から求められ、それをやるとやり過ぎだと言われる。迷走しますよね(笑)。でもそこにテレビの本質みたいなものがあると思ったんです。そういう作り手と受け手のズレみたいなもので、作品が作れないかと思って、取材をさせていただくことにしました。

番組自体は整然と進んで2時間で終わるのに、その周りではスタッフが走り回って準備をしたり、不意の出来事にも即座に判断し、本番中に編集をしたり、映画の中にも出てくるように滑り込んで原稿を渡すこともあるし、事故があればコーナーの順番が変わっていく。そんな姿を見ているうちに、これは単に作り手と受け手の問題だけではない。そういう人間たちを描くお仕事ドラマとして描いていこうと。きっとこれは人間喜劇になるなと思ったんです。そう思ってからは、作品のトーンがコメディになっていきました。これまではメッセージをストレートに見せるという作り方をしていましたが、今回はそうでなく人間喜劇にしようと。「踊る大捜査線」に近い感じです。「踊る〜」も組織の機構というのは奥の方に入れておいて、人間ドラマを作っていましたが、それに近くなってきました。なのできっかけは「ワイドショー」です。テレビで見ていても面白いし、裏側を見ていても面白い。それがスタートでした。

――中井貴一さんも久しぶりのコメディーですね

中井貴一さんは、日本映画を代表する俳優さんですし、これまでも偉大なる人物であるとか、重厚な役をやられていますが、テレビドラマやCMやナレーションを聞いていると、もう少しコメディ的なところがあって、なので絶対これには合うだろうと。今回みたいにコメディ要素が強いと、コントみたいになってしまう場合もある。そうさせないためには、ふざけたりお茶目なことをしても、俳優としての芯が動かない人である必要がある。それをやってくれるのが中井貴一さんだろうなと。劇中でも中井さんは、オーバーアクトをやっているわけではなくて、ポイントポイントでコメディタッチのお芝居をしているだけ。その塩梅が素晴らしい。おかしなことをやっていても、根っこはふざけた人間ではない。そういう複雑なキャラクターを見事に演じてくださいました。何よりも中井さんが、こういうコメディ作品に真剣に取り組んでくれたというのはとてもうれしかったですね。それはとても幸せなことだし、日本映画っていいなと改めて思いました。

――この作品を通して、監督が伝えたかったことは?

テレビってくだらないから大好きなんですよ。最高の暇つぶしだと思って見ている。くだらないというのはもしかしたら馬鹿にした言葉かもしれないけど、このくだらなさが大好きなんです。何も考えずに観られるというのは、褒め言葉なんです。ただ、そうやって制作者も一生懸命、くだらないことに情熱を注いで作っていても、さっきのネットでの一言や、ちゃんとしたものを作っていない、と咎める人が一人いると、その背後に何万人もの同じ声を持っている人たちがいるんだと錯覚してしまうんです。
もとはくだらないことを自覚していたはずなのに、もっと言うと、受け手もそうだと自覚してくれていたはずなのに、そうじゃなくなってきた。そのひとつひとつが、受け手にとって、とても気に入らないものになっていっている。くだらない、嘘つきだ、やり過ぎだ、って。そういう事象を見ていて、僕は「時代がまじめになっちゃった」と感じています。

例えば学校でも友達関係でもそうですが、組織とか仲間内という小さなコミュニティで凝り固まってしまって、新しいことができないとか、殻を破れない、危ないことはできないとか。すごく凝り固まっている気がします。テレビ局もどの企業もそうですが、柔軟さを無くしてしまったという感じがする。つまりやり過ごした方が安全だからですよね。硬直した殻を破ろうとして、新しい番組を作ったところで、待ってくれないんですよ。定着する前にケチつけられちゃう。そうなると新しいことが出来ないですよね。それはおそらく、判断や評価を受けてしまうということを含めて、とても作り手が動きにくくなった、あるいは組織が新しい試みをやりにくくなっているというのがあると思います。

そういうことを鑑みて、今の時代を正直に描くとこの映画のラストシーンみたいなことが起こるかもしれない。それは対話が成立しないということです。対話というのは、相手から投げられた言葉を、一旦自分の中に落とし込んで、そこに疑問や問いが生まれ、さらに問い返したり、答えを出したりすることだと思います。今の時代は、投げられたものを即座にはねのけたり、拒否したりしてしまう。ラストの中井さんと濱田岳さんとのシーンに、僕が感じている対話のできなさ、みたいなものを表現しているつもりです。もちろん、エンターテイメントとして楽しく観ていただけるのですが、その奥に今僕が感じていることをメッセージとして残しています。

 

映画『グッドモーニングショー』は、TOHOシネマズ天神 他にて上映中!

取材・文:筒井あや
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